2021年7月から8月の暫定報告
長崎大学熱帯医学研究所
掲載日:2021年10月5日
現在、国内において実臨床上での新型コロナワクチンの有効性を評価した研究は十分ではない。長崎大学熱帯医学研究所を中心とする研究チームは、全国の医療機関(病院および診療所)と協力し、新型コロナワクチンの有効性を評価する研究を2021年7月1日から開始した。2021年7月1日~8月31日のデータを用いて暫定結果をまとめたところ、16歳~64歳において、ファイザー社製あるいはモデルナ社製いずれかのワクチンの2回接種による発症予防における有効性は86.8%(95%信頼区間:71.0~94.0%)、ファイザー社製ワクチンに限定すると、2回接種による発症予防における有効性は85.6%(95%信頼区間:67.6~93.6%)と推定された。本報告は長期サーベイランス研究の一部であり、9月以降も研究は継続しており、随時アップデートした結果を報告する予定である。なお、長期サーベイランスを行うことで、変異株やブースター接種によってワクチンの有効性がどのように変動するかを評価する予定である。
2019年12月以降、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)は全世界で拡大し、現在に至るまで人々の健康だけではなく、生活や経済にも大きな影響を及ぼしている。2020年後半には新型コロナワクチンが開発され、日本でも使用が開始されている。現在までに欧米などで行われた無作為比較試験で、各ワクチンの高い有効性(efficacy)が示されており、実臨床上での有効性(effectiveness)についても海外の観察研究で報告されている(1-3)。しかし人種や社会背景に加え、感染対策が海外と異なる日本でこれらのデータをそのまま適応してよいかは不明であり、また今後のワクチン政策を決定する際に国内におけるワクチンの有効性を評価することは必須である。加えて、相次ぐ変異株の出現、接種からの時間経過、さらには追加接種によりその有効性が変化することが予想され、ワクチンの有効性の経時的な評価は喫緊の課題である。 今回、長崎大学熱帯医学研究所呼吸器感染症学分野を中心とした研究チームは、全国の医療機関(病院および診療所)と協力し、これまでにインフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンの研究で使用されている検査陰性デザイン(test-negative design:TND)を用いた症例対照研究を用いて(4, 5)、新型コロナワクチンの有効性を経時的に評価する研究を2021年7月1日から開始した。本報告では、2021年7月1日から8月31日分の結果を報告する。なお、本研究は9月以降も継続しており、随時アップデートした結果を報告する予定である。
2021年7月1日から8月31日までに全国8都県(福島県、東京都、神奈川県、埼玉県、愛知県、奈良県、高知県、長崎県)、計10ヵ所の医療機関(病院および診療所)において、COVID-19を疑う症状1)で受診した16歳以上の患者を対象に、患者基本情報、症状、新型コロナワクチン接種歴(接種の有無、接種回数、接種日、接種したワクチンの種類)、新型コロナウイルス検査結果のデータを収集した。新型コロナウイルス検査は、現在国内で確定診断に使用されている核酸増幅法検査(PCRやLAMPなど)および抗原定量検査を対象とした。新型コロナウイルス検査陽性者を症例群、陰性者を対照群とした(図1)。発症から15日以降に検査を受けた症例および同一患者は定義2)に基づいて解析から除外した。65歳以上は新型コロナワクチン優先接種対象であるため、16歳~64歳、65歳以上にわけての解析を予定したが、65歳以上はサンプルサイズが十分ではなかったため、本報告では16歳から64歳のみを解析対象とした。
新型コロナワクチン接種歴は、未接種、1回のみ接種(接種後13日以内)、1回のみ接種(接種後14日以上経過)、2回接種(2回接種後13日以内)、2回接種(2回接種14日以上経過)の5つのグループに分けた。混合効果ロジスティック回帰モデルを用いて調整オッズ比と95%信頼区間(CI: confidence interval)を求め、ワクチンの有効性は(1-調整オッズ比)×100%で算出した。混合効果ロジスティック回帰モデルでは、検査結果(陽性・陰性)を被説明変数、新型コロナワクチン接種歴、年齢、性別、基礎疾患の有無、カレンダー週、新型コロナウイルス感染症患者との接触の有無を固定効果(fixed effect)、受診医療機関を変量効果(random effect)の説明変数としてモデルに組み込んだ。ワクチンの種類はファイザー社製(BNT162b2)・モデルナ社製(mRNA-1273)の両方を含めた解析と、ファイザー社製のみで評価した解析を行った。 本研究は長崎大学熱帯医学研究所および協力医療機関における倫理委員会で審査を受け、承認された後、実施した(長崎大学熱帯医学研究所倫理委員会における承認番号:210225257)。(倫理委員会がない医療機関では、長崎大学熱帯医学研究所倫理委員会で一括審査を行った。)
全国8都県計10ヵ所の医療機関において、2021年7月1日から8月31日までに新型コロナウイルス感染症を疑う症状があり、検査を受けた16歳以上の患者1,384名が登録された。そのうち、発症日から15日以上経過した後に検査を受けた49名、同一症例17名は定義2)に基づいて除外した。計1,318名のうち、本報告では16歳~64歳までの890名を解析に含めた(図2)。
解析に含まれた890名(うち陽性症例290名(32.6%))の患者基本情報を表1に示す。年齢中央値(四分位範囲)36歳(26~49歳)、男性は504名(56.6%)、861名(96.7%)は自宅生活者であり、166名(18.7%)に基礎疾患3)があった。137名(15.4%)に新型コロナウイルス感染症患者との接触歴があった。326名(36.6%)が7月に、564名(63.4%)が8月に検査を受けた。新型コロナワクチン接種歴を表2に示す。未接種528名(59.3%)、1回のみ接種者108名(12.1%)、2回接種者159名(17.9%)、接種歴不明95名(10.7%)であった。 16歳から64歳の患者における未接種者に対する調整オッズ比は、ファイザー社製・モデルナ社製いずれかのワクチンについて、1回のみ接種(接種後14日以上経過)では0.436(95%CI:0.199~0.953)、2回接種(2回接種14日以上経過)では0.132(95%CI:0.060~0.290)であった(表3)。ファイザー社製を接種した症例のみを解析したところ、未接種者に対する調整オッズ比は、1回のみ接種(接種後14日以上経過)では0.355(95%CI:0.085~1.476)、2回接種(2回接種14日以上経過)では0.144(95%CI:0.064~0.324)であった(表3)。正確なワクチン接種日が不明であった症例については、接種日の推定法が接種後の経過日数、さらには接種完了の有無の判断にも影響しうる。今回はシナリオ分析として、複数の方法で接種日を推定した解析結果を比較したが、調整オッズ比に与える影響は限定的であった。また、ワクチン接種歴不明者は本報告のワクチン有効性の解析から除外したが、未接種者として解析に含めた場合も調整オッズ比は同等であった。 上記の調整オッズ比を用いてワクチンの有効性を算出したところ、ファイザー社製・モデルナ社製いずれかのワクチンについて、1回のみ接種(接種後14日以上経過)では56.4%(95%CI:4.7~80.1%)、2回接種(2回接種14日以上経過)では86.8%(95%CI:71.0~94.0%)であり、ファイザー社製に限定すると1回のみ接種(接種後14日以上経過)では64.5%(95%CI:-47.6~91.5%)、2回接種(2回接種14日以上経過)では85.6%(95%CI:67.6~93.6%)であった(表3)。モデルナ社製ワクチンについてはサンプルサイズが十分ではないため、現段階では個別の解析は実施していない。
表 1:解析対象者(16歳から64歳)の基本情報と検査方法
| 全体 (n=890) | 検査陽性 (n=290) | 検査陰性 (n=600) |
年齢 n. (%) | |||
16-29歳 | 324 (36.4) | 119 (41.0) | 205 (34.2) |
30-39歳 | 183 (20.6) | 59 (20.3) | 124 (20.7) |
40-49歳 | 172 (19.3) | 59 (20.3) | 113 (18.8) |
50-59歳 | 144 (16.2) | 47 (16.2) | 97 (16.2) |
60-64歳 | 67 (7.5) | 6 (2.1) | 61 (10.2) |
性別 n.(%) | |||
男性 | 504 (56.6) | 189 (65.2) | 315 (52.5) |
女性 | 386 (43.4) | 101 (34.8) | 285 (47.5) |
居住地 n.(%) | |||
自宅 | 861 (96.7) | 279 (96.2) | 582 (97.0) |
高齢者施設 | 3 (0.3) | 1 (0.3) | 2 (0.3) |
その他 | 12 (1.3) | 4 (1.4) | 8 (1.3) |
不明 | 14 (1.6) | 6 (2.1) | 8 (1.3) |
基礎疾患の有無 n.(%) | |||
有 | 166 (18.7) | 41 (14.1) | 125 (20.8) |
無 | 674 (75.7) | 217 (74.8) | 457 (76.2) |
不明 | 50 (5.6) | 32 (11.0) | 18 (3.0) |
基礎疾患詳細 n.(%) | |||
慢性心疾患 | 16 (1.8) | 6 (2.1) | 10 (1.7) |
慢性呼吸器疾患 | 44 (4.9) | 6 (2.1) | 38 (6.3) |
肥満 | 54 (6.1) | 18 (6.2) | 36 (6.0) |
悪性腫瘍 | 24 (2.7) | 4 (1.4) | 20 (3.3) |
糖尿病 | 39 (4.4) | 10 (3.4) | 29 (4.8) |
慢性腎疾患 | 12 (1.3) | 0 | 12 (2.0) |
透析 | 4 (0.4) | 0 | 4 (0.7) |
肝硬変 | 1 (0.1) | 0 | 1 (0.2) |
免疫抑制剤の使用 | 10 (1.1) | 0 | 10 (1.7) |
妊娠 | 4 (0.4) | 1 (0.3) | 3 (0.5) |
喫煙歴 n.(%) | |||
なし | 464 (52.1) | 127 (43.8) | 337 (56.2) |
過去に吸っていた | 110 (12.4) | 37 (12.8) | 73 (12.2) |
現在吸っている | 182 (20.4) | 70 (24.1) | 112 (18.7) |
不明 | 134 (15.1) | 56 (19.3) | 78 (13.0) |
医療従事者 n.(%) | 76 (8.5) | 8 (2.8) | 68 (11.3) |
新型コロナウイルス感染症患者との接触歴 n.(%) | |||
有 | 137 (15.4) | 97 (33.4) | 40 (6.7) |
無 | 661 (74.3) | 162 (55.9) | 499 (83.2) |
不明 | 92 (10.3) | 31 (10.7) | 61 (10.2) |
症状から検査までの日数* | 2 (1-3) | 2 (1-3) | 2 (1-3) |
検査方法 n.(%) | |||
核酸増幅法検査 | 610 (68.5) | 226 (77.9) | 384 (64.0) |
抗原定量検査 | 280 (31.5) | 64 (22.1) | 216 (36.0) |
*中央値(四分位範囲) |
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表 2:解析対象者(16歳から64歳)のワクチン接種歴
| 全体 (n=890) | 検査陽性 (n=290) | 検査陰性 (n=600) |
ワクチン接種歴 n.(%) | |||
なし | 528 (59.3) | 213 (73.4) | 315 (52.5) |
1回 | 108 (12.1) | 31 (10.7) | 77 (12.8) |
2回 | 159 (17.9) | 9 (3.1) | 150 (25.0) |
不明 | 95 (10.7) | 37 (12.8) | 58 (9.7) |
ワクチンの種類* n.(%) | |||
ファイザー社製 | 178 (66.7) | 23 (57.5) | 155 (68.3) |
モデルナ社製 | 66 (24.7) | 9 (22.5) | 57 (25.1) |
不明 | 23 (8.6) | 8 (20.0) | 15 (6.6) |
*接種歴のある267名のみ |
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表3:16歳から64歳におけるワクチン接種状況による検査陽性のオッズ比およびワクチン有効率
| 調整オッズ比 | ワクチン有効率(%) |
ファイザー社製あるいはモデルナ社製 | ||
未接種者 | 1 | |
1回のみ接種(接種後14日以上経過) | 0.436 (0.199 to 0.953) | 56.4 (4.7 to 80.1) |
2回接種(2回接種14日以上経過) | 0.132 (0.060 to 0.290) | 86.8 (71.0 to 94.0) |
ファイザー社製 | ||
未接種者 | 1 | |
1回のみ接種(接種後14日以上経過) | 0.355 (0.085 to 1.476) | 64.5 (-47.6 to 91.5) |
2回接種(2回接種14日以上経過) | 0.144 (0.064 to 0.324) | 85.6 (67.6 to 93.6) |
本報告では、日本で使用されているファイザー社製新型コロナワクチン(BNT162b2)あるいはモデルナ社製新型コロナワクチン(mRNA-1273)について2回接種完了後14日経過したものにおいて、未接種者と比較して、新型コロナウイルス発症予防における有効性があることを確認した。本報告に組み込まれた症例は7月1日から8月31日に検査を受けた症例であり、全国的にB.1.617.2系統(デルタ株)に置き換わりはじめ、最終的には全国で9割以上がB.1.617.2系統(デルタ株)に置き換わったと推定された時期であった(国立感染症研究所の解析では、8月下旬にはL452R変異を有する検体の割合は東京・埼玉・千葉・神奈川で99%と推定されている。)(6-8)。本報告や海外の研究でも示されているように、ワクチンの発症予防についての有効性は100%ではなく、ブレイクスルー感染は起こりうるため、ワクチン既接種者においても感染対策の継続は必要である。しかし、公衆衛生の観点からはワクチン接種により感染者数の減少が期待されるため、今後も継続してワクチン政策が求められる。新たな変異株の出現や追加接種、接種後の時間経過によるワクチンの有効性の減弱、感染対策の変容などがワクチンの有効性に影響することが考えられ、経時的なサーベイランスが必須である。 なお、本報告は本研究の暫定データであり、ワクチンの有効性の推定値の信頼区間も広く、今後の症例の蓄積と解析により変動すると考えられる。加えて、ワクチンによる重症化予防における有効性は本研究では評価できないため、多方面からの研究が必要であると考える。なお、本報告は7月および8月のみのデータであるが、本研究自体は9月以降も継続中しており、随時アップデートした結果を報告する予定である。
本報告にはいくつかの制限がある。1つ目は、対象患者が7月1日から8月31日の全国10ヵ所の医療機関に限られており、現時点ではサンプルサイズが限定的である。2つ目は、現在日本では医療機関において受診者のワクチン接種歴を自動的に確認できるシステムがないので、患者(または患者家族)に対する問診で得られた記録を用いており、思い出しバイアスの影響を否定できない。正確なワクチン接種日が不明な症例についての感度分析、およびワクチン接種歴が全く不明な症例を未接種者として解析に含めた解析でも調整オッズ比は同等であった。3つ目は、陽性例について新型コロナウイルスゲノム解析を行っていないため、各ウイルス株に対する正確なワクチンの有効性を算出することはできていない。4つ目は65歳以上の高齢者におけるワクチンの有効性については本報告では検討できていない。本報告は現段階での暫定結果であるが、公衆衛生学的に意義があると判断して報告した。今後も研究を継続し、経時的な評価を行う方針である。
1) 発熱(37.5℃以上)、咳、倦怠感、呼吸困難、筋肉痛、咽頭痛、鼻汁・鼻閉、頭痛、下痢、味覚障害、嗅覚障害(10, 11)
2) 同一症例の扱いは以下の定義を使用した(9)。
・陽性結果が出る前の3週間以内、/または陽性結果が出た後に採取した陰性検査は、偽陰性の可能性があるため除外する。
・前回の陰性判定から7日以内に実施された陰性の検査は除外する。
・各人については、無作為に選んだ3回までの検査は含める。
・90日以内に複数回陽性になった場合は初めての陽性のみを組み込む。
3) 慢性心疾患、慢性呼吸器疾患、肥満(BMI≧30)、悪性腫瘍(固形癌または血液腫瘍)、糖尿病、慢性腎不全、透析、肝硬変、免疫抑制薬の使用、妊娠
長崎大学熱帯医学研究所 臨床研究部門:前田 遥、森本浩之輔
大分大学 医学部 微生物学講座:齊藤信夫
横浜市立大学 医学群 健康社会医学ユニット・東京大学大学院 薬学系研究科 医薬政策学: 五十嵐中
参加医療施設(50音順、敬称略、本報告に含まれる医療機関のみを記載)
川崎市立多摩病院:本橋伊織、宮沢 玲
北福島医療センター/福島県立医科大学:山藤栄一郎
五本木クリニック:桑満おさむ 埼玉県済生会栗橋病院:木村祐也、小美野勝、新井博美
市立奈良病院:森川 暢
髙木整形外科・内科:大原靖二
近森病院:石田正之
名古屋掖済会病院:須網和也、柳内 愛
虹が丘病院:寺田真由美
森山記念病院:森山 徹
研究協力
国立感染症研究所 感染症疫学センター 鈴木 基
本研究は、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の課題番号JP21fk0108612の支援を受けている。
長崎大学熱帯医学研究所 呼吸器感染症学分野は、ファイザー社より本件に関連のない研究助成金を受けている。 東京大学大学院 薬学系研究科 医薬政策学は、武田薬品工業株式会社(モデルナ社製新型コロナワクチン(mRNA-1273)の日本国内での供給をおこなっている)より本件に関係のない研究助成金を受けている。
長崎大学熱帯医学研究所 臨床研究部門:森本浩之輔
komorimo*nagasaki-u.ac.jp(*を@にして送信して下さい)